3人だけの白い家

父がいなくなった後の家は平穏だった。
…とは言っても、もともと家にはいない人だったから
大きな変化を感じたわけでもなかった。

だが、母は以前に増して酒を飲むようになり、
昼間からでも酔っては、居間で寝ていることが増えた。
常用していた睡眠薬と酒を一緒に飲むことも多く、
起きているんだか寝てるんだか、
いつもぼんやりとしながらフラフラしていた。

母は母で、父と正式に離別することに対する
精神的ダメージを被っていたのだ。
あれだけの暴力を振るわれていながらも、
やはり離婚を決めるというのは、相当の覚悟がいる。
そんなことは今でこそ理解できるというもので、
当時のアタイには、さすがにそれは解らなかった。

母は神経質になり、アタイにも暴言を吐いた。
幸か不幸か、学校で慣れていたアタイは
それでも母が好きだった。

母が死んでしまうのではないか、と不安だった。

あのまま父を家においていても、
もしかしたら母は殺されていたかもしれない。
でも、アタイが父を追い出した後も、
母は今にも死んでしまいそうなのだ。

アタイは、自分のしたことがいいことだったのか
悪いことだったのか、わからなくなった。

母はアタイと弟によくおつかいをさせた。
その中に、必ず焼酎の名前が入っていた。
それがお酒であることはわかっていたけれど、
アタイは必ず買って行った。

このまま酒を飲み続けたら、
母の体は壊れ、早くに死んでしまうだろう。
でも、このお酒を買って行かなかったら、
母がアタイたちを捨ててしまうかもしれない。
アタイが父を捨てたように。

姉弟2人でどうやって生きていけるだろうか。

母の面倒はアタイがみよう。
弟の面倒もアタイがみよう。
アタイがお父さんの代わりになったっていい。
だから、家には置いておいてほしい。

アタイは毎日、母に頼まれては焼酎を買ってきた。
酔っては倒れる母を介抱しながら、焼酎を買い続けた。
この矛盾に気づいてはいても、
自分がこの家にいるためには仕方がなかった。

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慟哭

あの光景を、アタイは一生忘れない。

春休みのある日、静かな日だった。

そう、あの静けさが全てを物語っていた。

居間に横たわる母。

珍しくもない、いつもの光景。

胸騒ぎ。

何かが違う。

母の横に転がる瓶。

いつも母が飲んでいる睡眠薬が入っている瓶。

中身が空っぽ。

そっか。

お母さん、

これを全部

飲んだんだ。

泣きながら母に駆け寄って、

叩いても揺すっても、母は起きない。

死んでしまった?

母はアタイたちを置いて。

初めてかけた119番。

どうやって呼んだのかは覚えてないけど

その後、自分が何をしたかは覚えてる。

父を呼んだ。

一度自分で追い出した父を呼んだ。

気が動転していて、咄嗟に電話をかけた。

一番呼びたくなかったのに

真っ先に電話をかけてしまった。

悔しかったけど

それより他の術が見当たらなかった。

そこまでアタマが回らなかった。

「お父さんのせいだ!」

そう言うつもりだったのに

口から発される声は叫び声にしかならず、

父にしがみついた。

激しく泣いた。

父にしがみついて、激しく泣いた。

アタマの中がグチャグチャだった。

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白い家を離れる時

母はかろうじて命を落とさなかったが、
意識が戻らず、そのまま搬送先の病院に入院した。

母とアタイと弟の3人暮らしが
父とアタイと弟の3人暮らしに変わった。

アタイが追い出したのに、
アタイが呼び戻してしまった。
でも、父の態度は以前と変わらなかった。
母への暴力さえなければ、いつも優しい父なのだ。

今になって思い出してみれば、
この時、愛犬のジュリーは家にいなかった。
アタイも家族も崩壊している最中に、
玄関から飛び出して行ってしまったのか、
行方不明のまま、帰ってこなかった。

母も、ジュリーも、いなくなった。

母が入院をして、何日もしないうちに
父が「お母さんのお見舞いに行こう」と言い出した。
てっきり父は母のことが嫌いだと思っていたので、
その言葉にアタイは心から喜んだ。

「お母さんは遠い病院に入院してるんだよ。
 もしかしたら向こうに泊まるかもしれないから…」
父はそういって、アタイたちに身支度をさせた。
アタイと弟は、父から言われるがままに
宿泊するのに必要なものだけ持って、車に乗り込んだ。

ずいぶんと遠くにある病院なんだな。
長い時間車に乗せられて、アタイは思った。
車酔いする前に、眠ってしまおう。

父に起こされた時、外はすでに暗くなっていた。
車を降りると、そこには病院なんてなかった。
頬に当たる風には、海のにおいが混ざっている。

「お父さん、ここどこ?」

寝ぼけながら聞くアタイに、父は答えた。

「福島のおばあちゃん家だよ。」

福島のおばあちゃんというのは、父方の祖母だった。
父の仕事が忙しかったり、遠かったりすることもあり
物心がついてからは来たことがなかったのだ。

何で福島に来たんだろう?
福島の病院にお母さんは入院したんだろうか。
一泊するのはおばあちゃんの家なのか。

おばあちゃんはアタイたちを快く迎え入れてくれて
布団を用意してくれた。

「明日、お母さんに会える?」

アタイが聞くと、父は言った。

「お母さんとは、すぐには会えないみたいだ。
 しばらくおばあちゃんの家にいるんだよ。」

「しばらく?しばらくってどのくらい?」

「それはわからないけど、ちょっとの間だから。」

「でも、もうすぐ学校が始まるよ。休んだら怒られるよ。」

厳しい学校だっただけに、アタイも思わずムキになる。
ところが、次の父の言葉でアタイは愕然とする。

「みとは、こっちの小学校に通うんだ。
 “転校”ってわかるか? みとは転校するんだよ。」

転校なんて言葉ぐらい知ってる。
修了式の日、クラスで何人か転校する子が挨拶していた。
親の転勤で海外に転校するという止むを得ない子もいたが、
あの中には「リストラ」された子も含まれていた。

「・・・やめたの? あの学校。 もう通えないの?」

「もう通えないんだよ、あの学校には。
 残念だけれど、辞めさせられてしまったんだ。」

「やめさせられた?!」
思わず声が大きくなってしまった。

「みとのせいじゃないんだ。
 ごめん。お父さんとお母さんのせいなんだ。
 お父さんとお母さんはね、
 これからは別々に暮らして行くんだよ。」

「・・・リコンしたの?」

「離婚したんだ。」

次から次へと、衝撃の事実がぶつけられる。
よくもまあこれだけのことが同時に起こるものだ。
複数のドラマの脚本を、同時上演している気分だ。

自分のおかれている場所が、
夢なのか現実なのか、わからなかった。
思考が停止していた。

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敗北

小さな脳みそが、少しずつ情報を処理し始めた。

絶対に間違いのないことは、

母親が入院していること。
今いる場所が福島のおばあちゃんの家であること。

通っていた学校を退学になったこと。

おばあちゃんの家の奥にある、狭い3畳間で
弟と布団を並べて、天井を仰ぎながら、
アタイは眠れずに考えていた。

修了式の日で挨拶もせずに、
突然アタイが転校したなんて知れたら、
みんなは、きっとこう思うに違いない。

「みとちゃんは成績が悪くて退学させられたんだ」

Nやトモの嫌な笑い顔が目に浮かび、
クラス全員の笑い声が聞こえてくる気がした。

なぜアタイが?
今や、憧れのレミちゃんすらも差し置いて、
学年トップを守り続けたアタイが。
退学させられたなんて。

理解できない。できっこない。
今までの努力は何だったんだ。
今思えば、勉強に狂っていたとしか思えない、
あの時間は何だったんだ。

結局、学校から追い出されたら
アタイはNの上に居続けることは出来ない。

完全に敗北なのだ。

ここまで叩きのめされると、
人間、不思議とショックを感じない。

悔しくもなかった。
悲しくもなかった。

こぐことをやめて
原動力を失った自転車のように、
バランス悪く、フラフラと、
今にも倒れそうなアタイだけが残った。

家の目の前にある太平洋の波音が耳障りで、
天井を見上げたまま、ずっと眠れなかった。
布団を頭までかぶって目を閉じると、
温かいものが、両の耳に流れていった。

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あの日の真実

後で知ったことなのだが、
私立小の退学は、福島に来ることになる前から
既に決まっていたことだった。

そもそも、アタイが父を追い出したあの日から、
両親の離婚話は急激に進んでいたらしい。
離婚を禁ずるキリスト教の学校ではあるが、
いずれわかってしまうことだから、と
両親は学校に訪れ、校長先生や学年の先生方に
その旨を報告したようなのだ。

そういえば、3学期も終わる頃、
アタイは担任の先生に呼び出されたことがある。
美術の部屋だったと思う。
やけに、絵の具の匂いが記憶に残っているから。

その先生は、3人いる学年担任のうちの1人で
算数を教えてくれる先生だった。
母よりも年が上であろう、おばさん先生だ。
普段は優しかったが、怒ると怖くて有名だった。

そんな先生に呼び出され、
心臓がドキドキしていたのを覚えている。
何か叱られるようなことをしただろうか。

それだけ緊張していたせいもあり、
具体的に何を聞かれたかは覚えていないが、
いくつか家での生活について聞かれた。
朝ごはんは何を食べたか、何時に寝たか、という
よくありそうな質問から始まり、
最終的には、父のこと、母のことを聞かれた。
母の飲酒癖を匂わすような質問があったが
その質問だけは、本当のことを答えなかった。
叱られるというよりも、恥ずかしかったからだ。

一通りの質問が終わると、先生は
「このままここで待っていてね。」と言って
部屋を出て行った。
美術室は少し狭くて、窮屈に感じる部屋なのだが
それ以上に窮屈に感じる時間だった。
ようやくドキドキが治まろうとしていた。

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約束

美術室で待っていると、今度は国語の先生が来た。
3人いる学年担任の中でも、その先生は1番若くて
とても字が上手で、優しく清楚なイメージがある。

同じような質問をされるのか、と思いきや
その先生はすぐには質問をせず、
しばらく向かい合わせに立っていた。

すると、その先生が沈黙を破るように言葉をもらした。

「みとさん、あなたは本当に強い子ね。」

予想もしてなかった言葉に驚き、戸惑う。
先生は話を続ける。

「でもね、つらい時は泣いてもいいのよ。
 つらいと言ったり、泣いたりすることは
 はずかしいことじゃないの。」

「先生はいつもみとさんを応援してるよ。
 いつでも味方でいるよ。それを忘れないでね。」

その話をされる脈絡がわからなかったアタイは
ただ素直に温かい言葉に喜び、うなづいた。

アタイの見間違いでなければ、
アタイの記憶違いでなければ、

先生はその後、声を殺して泣いた。

「ごめんなさい。みとさん、ごめんね。
 守ってあげられなくてごめんね。
 みとさんは悪くないのに。
 ずっとずっと一緒にいられるのに。」

先生はアタイをぎゅっと抱きしめた。
突然のことでビックリして、身が硬くなる。
先生の優しい香りがアタイを包んだ。

「マリア様はちゃんと知っておられます。
 ちゃんと見ていらっしゃいます。
 いつでも見守ってくださいます。
 本当はそう、みとちゃんのような子ほど、
 この学校が守ってあげなくちゃいけない。
 それなのに、おかしな決まりがあるのね。
 悪いのはみとさんじゃないの。
 学校の決まりの方がおかしいんです。」

そう言い終わると、先生はアタイの顔を
まっすぐに見て、最後にこう言った。

「みとさんは、すごく素敵な大人になれる。
 弱い人に優しくしてあげられる人に。
 だから、どんなことがあっても逃げちゃだめ。
 みとさんならきっと乗り越えられる、と
 マリア様があなたを選んだの。
 何回泣いてもいいから、逃げちゃだめよ。」

黙っているアタイに、先生は小指を出し
「先生との約束、守ってくれる?」と言った。

アタイも小指を出して、それに答えた。

   ゆーびきーりげーんまん

      ウソついたら 

       針千本

       飲ーます

遠いあの日の先生との約束。

先生が話してくれた話を理解したのは
両親の離婚を知った時、そして転校した時。

でも、先生の涙の意味と
この約束の本当の意味を知ったのは

ずっとずっと先のこと。

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黒いランドセル

新しい学校に通う前に、父は一度東京の自宅に、
アタイの学用品やランドセル等を取りに戻った。

その間、アタイは祖母に連れられて
翌日から通うN小学校に挨拶をしにいった。
その日は入学式と始業式の日で、
学校には既に子どもたちが登校していた。

飛び交う東北訛りの方言。
元気に廊下を走り回る男の子たち。
黒いランドセルが上下に揺れる。

今までとは異なる初めての学習環境に狼狽し、
不安ばかりが積もった。

家に帰ると、父が東京から帰ってきていたが
必要な物だけ置き、仕事のためにまた東京に戻った。

今度は、祖母とアタイと弟との3人暮らしが始まった。

翌日からの登校に備えて、
祖母が準備を整える。

アタイのランドセルは黒に近いこげ茶色。
男の子のものだと間違われるかもしれない。
それに、N小指定の橙色のジャージ。
ジャージなんか着たことがなかったアタイは
格好の悪いそれを見るだけで、嫌悪感を抱いた。
私服で登校することにすら違和感があるのに、
体育のある日はジャージで登校するなんて、
とうてい理解できない。

何でアタイが、どういう理由があって
こんな田舎の小学校に通わなくちゃいけないの?

東京の都心で生まれ育ち、
幸せとは遠かったけど、そこそこ裕福な家庭に育ち、
近所の子たちとは違う学校に通っていた。

「こんな田舎の子たちと一緒にしないでよ。」

そんな思いに似た感情があったことは否めない。
前の学校でのイジメに耐え抜いてきたアタイは、
自分のプライドを必要以上に高く持つことでしか
自分自身を守れなかったのだから。

「新しい友達がいっぱいできるといいねぇ」と
無神経に感じるほど明るい声でいう祖母に、
アタイは少し苛立ったように答えた。

「学校になんか行かない。」

祖母は驚いて「何を言ってるんだい」と目を丸くし
しきりにアタイに理由を尋ねた。

理由なんかない。
理由なんかないけど行きたくないんだ。

たぶん、本当は怖かった。
知りもしない土地で、見ず知らずの人ばかりで
訛りの強い言葉だってよくわからない。
そんな中、今度は男の子もいるクラスで、
前の学校と同じような目にあったら・・・。

何か行けない理由を作らなきゃ。
1日でも多く行かずに済む理由を。

ふと目に止まった、こげ茶色のランドセル。
瞬時にひらめき、顔がほころぶのを抑える。

「だって、あたしのランドセル黒いんだもん。
 これじゃ男の子みたいって、みんなに笑われる。
 こんなランドセルじゃ行けない!」

とっさに思いついた理由にしては上出来だった。
ランドセルが売っているような1番近くのデパートも
ここから車で30分以上かかる所にあるし、
祖母は車が運転できない。父ももう東京にいる。
だいたい、もうとっくに店は閉まっている時間だ。

ところが、それを聞いた祖母はすぐにどこかへ電話し、
30分もしないうちに、アタイの目の前には
かなりくたびれた赤いランドセルが置かれた。

祖母は、隣町に住む父の兄に電話して
8つ近く離れたアタイのイトコのお古のランドセルを
その夜のうちに急いで持ってこさせたのだ。

反逆はものの数十分で敗れてしまった。
しかも、いくら赤いランドセルだとは言っても
この古さはあまりにも格好が悪い。
黒いランドセルが嫌いでもなかったアタイは、
確かに注目を集めそうで嫌ではあったけど、
まだ自分のランドセルの方がずっとマシだった。
どのみち、この古さだって注目を引きそうだ。
2年生になったばかりだというのに。

しかし、まだ祖母のこともよく知らなかったし、
これ以上別の理由でダダをこねるのも
自分の中で情けない感じがした。

明日なんか一生来なくていい。

そう思いながら、布団にもぐった。

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「転校生」

転校生。正しくは転入生という。

前に通っていた私立小では、
年度途中に外部から編入してくる子はいないし
そんな人、見たことがなかった。

見たこともない転校生とやらに、
見る前に自分がなってしまった。

まったく知らない校舎の中を歩き、
まったく知らない教室の中に入り、
まったく知らない集団の前に立つ。
「昨日から始まったばかりのこのクラスに、
 今日また新しいお友達が仲間入りです。」
担任の先生はそういって、アタイを紹介した。

一番後ろの席にされるだろうと思っていたのに
先生が指さしたのは、窓際の列、前から2番目。
左側から刺すような視線を感じながら、
その席についた。

前の学校の入学式の後と同じように、
アタイはずっと下を向いたまま、
ただ黙って座っていた。

ところが、気がついたら周囲が見えなくなるほど
たくさんのクラスメイトに囲まれていた。

「東京のどこから来たの?」
「“しょとうか”ってなぁに?小学校とは違うの?」
「前の学校とどっちがいい?」

矢継ぎ早にくる質問攻めに戸惑いながら、
アタイは不思議な感覚にとらわれていた。

こんなに注目されたことはない。
こんなに声をかけてもらったことはない。
こんなに興味をもたれたことはない。

いつまでも下を向いていてはいけない。

瞬間的にそう感じて、顔を上げた。

全然知らない、見たこともない顔がいっぱい。
だけど、何故かその子がわかる。

赤いトレーナーのこの女の子は、
元気いっぱいで運動が得意そう。
フリルのついた白い靴下のこの子は、
少し気が弱そうだけど、女の子っぽくてかわいい。
こっちの大きい女の子はきっとリーダーだ。

制服は、みんなが同じに見える分、
みんなの違いが分からなかった。
さらに厳しい校則で個性なんかは取っ払われ、
右も左も、判で押したように同じ子たち。

でも、今度の学校は違う。
前の学校にはいなかった男の子たちもいっぱい。
言葉は何だか乱暴だけど、みんな生き生きしてる。

こんなにクラスメイトをしっかりと見たことがなかった。
見ていたのは、黒板と教科書と無言坂のアスファルト。

もう少しで同じ失敗を繰り返すところだった。
顔を上げて、友達を見よう。

朝の会でしどろもどろになってしまった
あの言葉をもう一度。今度はしっかり言わなくちゃ。

「東京のS区からきた みとです。
 なかよくしてね。」

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カオルちゃん

少しずつクラスに馴染んでいったアタイは
1人の女の子と仲良くなった。
カオルちゃん。

彼女はとても優しくて、温かい子だった。
ほんわかとした雰囲気を持ちながら、
いつも元気でニコニコしてる子だった。

「みとちゃん、外行くべー」
「いっしょに帰っぺ!」
毎日こんな感じで、毎日一緒にいるようになった。

田舎のことだから、アタイが祖母と住んでること、
母が入院していること、父は東京にいること、
そのあたりの事情は、近所も知っているらしかった。

そういうこともあってか、カオルちゃんのお母さんも、
「みとちゃん、おばあちゃんが心配しなきゃだけど
 ウチで夕飯食べていく?」とか
「今度、○○に行くんだけど、一緒にどう?」とか
何かにつけて誘ってくれるようになった。
しかも必ず弟まで一緒に誘ってくれるので、
アタイたち姉弟はすっかりそれに甘えて、
カオルちゃんとは家族のように過ごしていた。

そのうち、習い事まで一緒にやるようになった。
最初はそろばん、次はソフトボール、さらに習字。
次々に増えていく習い事に、祖母は驚いたが
思っていたよりもあっさり承諾してくれた。

でも、そこには祖母の思惑があった。
もちろんそのときは知る由もなかったけれど。

帰宅後、アタイはまたカオルちゃんの家まで走り、
玄関の前で同じことを繰り返した。

「カ~オ~ルちゃん、い~く~よっ!」

ニコニコ出てくるカオルちゃんと一緒に、
習い事バックを持って、田んぼの一本道を歩いていく。

「みとちゃん、これヤゴだっぺ。」
「ヤゴってなに?」
「トンボの赤ちゃんだって。」
「へぇー!」
「手は入れちゃダメ!ヒルさいるから。」
「ヒル?」
「血ぃ吸われるよ。」
「やだぁ、こわ-い」
「あっそうだ、帰りにアリジゴク見にいくべ!
 たくさんいるとこ知ってる。」
「アリジゴクって、ウスバカゲロウの幼虫だっけ。」
「そうなん?それ、どんな虫??」
「たしか羽がすき通ってた。図鑑で見ただけ。」
「みとちゃん、ものしりだなぁー」
「名前がおもしろかったからおぼえてるの。
 だって、ウスバカだよ?」
「ウスノロマヌケみたい。しかもゲロだって!」
「ヘンな名前!」

手提げの中で、そろばんがカチャカチャ鳴り、
田んぼの真ん中で、アタイたちはケラケラ笑う。

無言坂とは程遠い世界。
アタイはあの世界が当たり前だと思っていた。

でも、今のほうがずっと「小学生」だ。
ずっとずっと自然だ。

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Detourの読み方

これはblogを使った「本」の類です。
新しい記事が下に行くように設定してます。

ですので「Detour」の正しい読み方としては、
カテゴリーメニューの「1章」を選んで読み、
読み終わったら「2章」・・・と読んでください。

トップページからですと、古い記事が上に隠れていくので
すごーく中途半端なところからストーリーが始まり、
すごーく中途半端なところで終わってしまいます。
カテゴリーから選んで読んでくださいね。

相当ネガティブな内容が含まれるし、
読みたくなくなる文面もあるかと思うんです。
んで、見方によっては「被害者ぶってる」とか
「悲劇のヒロインぶってる」と思われるかも知れないです。

実際、アタイは小さい時ずっとそう思ってて、
自分よりももっとつらい人生を歩んでる人がいる、なんて
想像もしてなかったですから。かなり傲慢ですけど。
その時のアタイの感情で文章にしてるので、
不快に感じる部分に関しては、予めごめんなさい

今現在の「みと」は、こちらで! →::: a private matter :::

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